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2022-04-01

【北京2022パラリンピック・大会ボランティアリポート】
コロナ禍、戦火の影響‥‥‥。特異な大会を、若い世代のボランティアが明るくけん引!

星野 恭子さん

Hoshino Kyoko

[所属] 日本スポーツボランティアネットワーク特別講師/フリーライター

2003年、マラソン大会のボランティアをきっかけに視覚障害者の伴走活動を始めたことでパラスポーツに興味をもち、05年頃から取材開始。パラリンピックは08年北京大会から夏冬計8大会を現地で取材。
公式サイト:http://hoshinokyoko.com
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photo by Moto Yoshimura

ボランティアは大会の顔

2022年3月4日から13日まで10日間にわたり、13回目の冬季パラリンピックとなる「北京2022パラリンピック」が中国で開催された。コロナ禍で行われた2回目の祭典。さらには、開幕直前に起こったロシアによるウクライナへの軍事侵攻の影響を大きく受け、大会は翻弄されたが、日本(29選手)やウクライナ(20選手)など46の国と地域から約570選手が参加。コロナ禍や不穏な世界情勢のなかでも、自己の限界に果敢に挑戦するパラリンピアンの強さに勇気づけられ、平和を祈りながら、スポーツで競い合える日常の貴さに感謝する大会となった。

そんな大会を強く、優しく支えたのが大会ボランティアだ。筆者にとっては、冬季は4回目、夏季と合わせると8回目のパラリンピック現地取材だった。一大会ごとに、「ボランティアは大会の顔である」と実感してきたが、北京2022大会はその思いをより一層強める大会となった。

3月13日夜に「鳥の巣」の愛称で親しまれる国家体育場(北京市)で行われた閉会式はご覧になっただろうか。各国選手団と招待客がスタンドから見守る中で式典は始まり、各国の旗手による国旗入場が済むと、ほどなくして青と白を基調にしたユニフォームをまとった男女3人ずつ計6人の大会ボランティアが呼び込まれ、登壇。献身的な活動で大会を支えたボランティアを代表して花束などが贈られ、敬意と感謝が伝えられた。それぞれ誇らしげで、達成感がにじむ表情で両手を大きく振った彼らを、スタンドからの温かく大きな拍手が包んだ。

このあと、スクリーンに投影された大会期間中の活動の様子をまとめた約2分間の動画も素晴らしかった。真剣な顔や笑顔、疲れて眠りこける顔……。大会ボランティアという役割にやりがいを感じ、生き生きと活動している姿がしっかりと収められていた。

▼北京2022パラリンピック閉会式の動画 (ボランティア関連は15分30秒頃から20分頃まで)
https://www.youtube.com/watch?v=yPEX5-i1VPM

ボランティアに関するプレスカンファレンスに参加

大会組織委員会によれば、北京パラリンピックで活動したボランティアは10代から60代まで約9,000人。そのうち9割以上を占めたのが、35歳以下の若い世代だという。実際、筆者がよく話したボランティアは皆、大学生だったし、「若く、明るく、フレンドリー」で、「役に立ちたい、おもてなししたい」という意識が高く、積極的な活動ぶりが記憶に刻まれている。

バックグランドは幅広く、学生を中心に元スポーツ選手やフリーランサー、あるいは医療従事者なども含まれた。過去にマラソン大会などでボランティア経験のある人も多く、手話の資格保持者や感染症専門医などは特定のスキルを活かせる部署に配属されたそうだ。何らかの障害のある人も、「ボランティアとして活躍する障害者の姿を世界に伝えることで、インクルーシブ社会の広がりにつなげたい」と積極的に採用され、競技会場での観客対応や出入国エリア、コロナ対策などの分野に配属されたという。

組織委としても、ボランティアはPRしたい一つのコンテンツだったのかもしれない。開会式スタートまで6時間というタイミングで、「大会ボランティアに関するプレスカンファレンス」もメインメディアセンターで開かれていた。取材陣はほとんど中国メディアだったが、英語の逐次通訳も入って行われた会見の内容はとても興味深いものだった。

たとえば、アイスホッケー会場となった国家体育館では障害のある1人を含む601人のボランティアが活動し、22の業務を分担したそうだ。北京市内の大学生や医療従事者が中心で、257人が男性、344人が女性。94%にあたる566人はオリンピックでも活動したという。

ボランティアを対象にした事前研修はどの大会でも当たり前になっているが、北京大会ではコロナ禍を受け、研修はオンラインとオフラインで行われた。また、パラリンピックではオリンピックとは異なり、サービスの対象の多くが体に何らかの障害のある人であり、それぞれのニーズに応じた特別の配慮が必要であることを念頭に、障害に対する知識やスキルを高める研修にとくに力を入れたという。

オンライン研修は30時間にもわたり、競技場の施設や機能、アイスホッケーという競技についてルールや試合形式などを学んだほか、下肢に障害があるアイスホッケー選手向けの対応として、たとえば相手が車いすなら腰を落として話しかけるなど、対象となる相手を想定したコミュニケーション方法なども盛り込まれた。メディア対応の担当者向けには予め報道機関にインタビューしてニーズなどを探り、研修内容に生かした。さらに、座学をもとに、オフライン研修として10時間ほど、会場で実技研修を行って備えたという。

組織委の研修担当者が重点を置いてボランティアに求めたのは、「相手は国も違うし、ニーズも違うので、『テーラーメイドのサービス提供』だった」が、同時に「先回りして、やりすぎないようにいうことも強調した」と話していたのも興味深かった。あくまでも相手のニーズを尊重する姿勢が大切であって、サービスは押し付けるものではないということだろう。

もう一つ興味深かったのは、「ボランティアへのインセンティブ」、つまり、「ボランティアをどう満足させるか」も大切にして取り組んだという説明だ。たとえば、業務内容やボランティア用の宿泊施設などについてはボランティアの代表者とよくコミュニケーションをとり、ニーズや課題があれば解消するように努めたという。また、屋外で活動するボランティアには厳しい寒さをしのげるようより暖かいウエアや防寒グッズが提供された。さらに、オリンピックから続けて活動した人は約2カ月間を宿泊施設で過ごすことになるため、たとえば誕生日を祝ったり、たまには家族とのテレビ電話などリラックスできる時間も設け、ボランティアを楽しませることも心掛けたという。

「相手のニーズに合わせる」という意味では、ボランティアの大半を占めた大学生たちへの対応も参考になった。オリンピックは春休み期間中だったが、パラリンピックは春学期が始まってしまう。だが、ボランティアは「バブル外」には出られず、通学できない。そのため、オンラインで授業を受けられるよう大学に理解を求めたり、会場の一角にオンライン授業が受けられるようなスペースも設置するなど、学生が活動と学業を両立できるようにも配慮したという。

「こうした取り組みにより、ボランティアは準備万端であり、選手や観客たちによりよいサービスを提供できることに、自信を持っている」

会見は組織委ボランティア担当者のこの言葉で締めくくられ、この数時間後に開会式が行われ、大会は開幕した。

大学生ボランティアの声

「準備万端」という組織委の言葉は、たしかにそうだったと思う。オリンピックから連続で活動したことで慣れたボランティアが多かったことも一要因だと思うが、さまざまな場面で支えてもらった。

北京2022大会は東京2020大会につづいてコロナ禍で行われた2回目の祭典となり、より厳格な「バブル方式」が実施された。筆者も中国渡航前から、ワクチン接種証明書の取得や2週間前からの健康状態の申告、渡航直前に2回のPCR検査による陰性証明など、さまざまな準備や行動が組織委や中国政府から求められた。ようやく到着した北京首都国際空港でも入国審査のほかに再びPCR検査が行われるなど緊張の連続だった。

無事にすべてが終わって案内された空港ロビーには公式ウエアに身を包んだボランティアたちの明るい笑顔が待っていてくれて、一気に癒された。彼らはパラリンピック取材の第一歩として欠かせない「メディアパスの有効化」担当のボランティアで、どの大会でも彼らのふるまいが大会ボランティアの第一印象になる。

「北京大会のボランティアさん、いい感じだな」

好印象は大会を通して、さまざまな場でさまざまなボランティアと接するたびに強まっていった。彼らは献身的に積極的に、ボランティアとしての役割に取り組んでいた。日本に興味をもっていたり、日本語を学んでいたりという学生も多く、筆者が日本人と分かると積極的に話しかけられた。全員がマスクをし、公式ウエアだけでなく、担当部署によっては防護服とフェイスシールドまで身につけた人もいたが、それぞれの個性や価値観が、しっかりにじみ出るような活動ぶりが印象に残っている。

中国語オンリーの人も多かったが、必要に応じて英語や日本語のできるボランティアを探して来てつないでくれたり、またスマートフォンの通訳アプリを活用するなど、「とにかく、役に立ちたい」という姿勢が感じられた。自分の担当でないことを頼まれても嫌な顔はせず、的確な担当者を連れてきて通訳者の役割を果たしてくれるなど、機転を利かした対応に何度も助けられた。

合間をみて、何人かのボランティアに話を聞いた。ほとんどが北京市内や近郊の大学生たちで、活動期間中は全員、「バブル方式」のため、担当場所近くに設けられた宿泊所から「通勤」していた。ほとんどがオリンピックとパラリンピックの両方で活動しており、その期間はオリンピック開幕前の1月末からパラリンピック閉幕後2週間となる3月末までの約2カ月間にも及ぶ。だが、皆一様に、「楽しい!」「不便はない」と笑顔だった。

たとえば、ある競技会場のメディアセンター担当のボランティア3人(女子2、男子1)に話を聞いたところ、全員が同じ大学の学生だったが、専攻はそれぞれ異なった。ボランティアを志望した理由もそれぞれで、「中国の若い世代の考え方やとてもフレンドリーなことを世界の人たちに知ってほしい」「中国人と海外の人の友好関係を育むことに貢献したい」「母国のため、古里のため、私自身の人生のために、役に立てると思ったから」。

実際に活動しての感想は、「大好きなオリンピックやパラリンピックに関われてうれしい」「今後の活動に役立ちそうな幅広い経験が積めている」「世界各地のジャーナリストに会えたことは将来、記者になる夢に役立つと思う」といったポジティブな答えが返ってきた。

「バブル方式」など厳格なコロナ対策下での活動については、「楽ではないが、ルールに従うことで、健康と安全が保たれ、安心して活動ができるので問題はない」と3人から同様の答えが返ってきた。厳格なルールを前向きにとらえる考え方に好感がもてた。

もう一人、筆者が滞在した公式ホテルで活動していたボランティアは体育大学に通う20歳の男子学生で、人懐こくて献身的だった。会話は片言の英語とスマホの通訳アプリを使って行ったが、朝晩、笑顔であいさつを交わすだけでも癒される存在だった。「スポーツが好きなので、オリンピックが中国で開かれてうれしいし、そこに貢献できることが本当に光栄。ここで出会った世界の人たちが皆、いい人たちばかりで、活動を本当に楽しんでいる」と笑顔で話してくれた。

きっと不便なことも苦労もあるだろうが、将来を見据えた貴重な経験として、「このボランティア活動に全力で取り組み、楽しむ」様子が感じられた。

これからへの期待

ある海外メディアに聞いた、北京のボランティアに対する感想も興味深かった。

「コロナ禍だし、中国での開催ということで、実はあまり気が進まない仕事だった。でも、来てみたら、ボランティアたちのおかげで問題なく活動ができているし、中国という国に対するイメージも変わった。」

やはり、ボランティアは「大会の顔」であり、開催国にとっても大きな役割を果たしていると思う。

実は筆者が初めてパラリンピックを現地取材したのは2008年夏の北京大会だった。当時、国際大会取材の経験も未熟だった筆者はボランティアにさまざま支えてもらったし、競技数も多い夏季大会で圧倒的な人員数と組織化されたボランティアの活動ぶりが印象に残る。仕事をやり遂げようとする姿勢は当時も同じだったと思う。一方で、ボランティアは笑顔というより真剣な表情の印象が強く、こちらの依頼内容が担当外だった場合はあちこちたらい回しになった記憶もある。

それから13年以上ぶりの北京再訪となった今回だが、たしかな進化を感じた。出会ったボランティアたちは皆、笑みをたたえ親しみやすく、質の高いサポートを提供してくれたし、より的確なサポートができる人につなげてくれるなど臨機応変の対応を見せてくれた。

何より印象的だったのは、「誰かのために」という思いだけでなく、「自ら楽しみ、よい経験にしたい」といった目的意識だ。これからのボランティアとして大切にしたいコンセプトを体現しているようにも感じられた。このボランティア経験が彼らの将来に、そして、中国という国にどんな影響を与えていくのだろうか。次に訪問する機会をまた、楽しみにしたい。

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