2021-06-23
西川 千春さん
Nishikawa Chiharu
[所属] 笹川スポーツ財団特別研究員
東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 ボランティア検討委員
日本スポーツボランティアネットワーク特別講師
いよいよオリンピック開会式まで一ヶ月となりました。
1万人を上限に観客を収容人数の50%まで受け入れることも発表されました。しかしながら、ワクチン接種が加速されてるとはいえ、パンデミックが終息する兆しは依然見えてきません。
そういった中で、多くのメディアからの大会に批判的な報道にどうしても目が行きがちです。
先日も「大会ボランティア1万人が辞退」というニュースが大きく取り上げられました。コロナ禍で開催が1年延期され、現在も多くの国民がワクチン接種を受けられない状況で、多くのボランティアが大きな不安を感じているのは当然のことだと思います。
反対に見方を換えると、このような困難な中でも「7万人のボランティアが東京大会にコミット」しているとも言えます。
世界中から選手が集まるオリンピック・パラリンピックはその成り立ちとオリンピック精神があるがゆえに、単なるスポーツイベントとは明らかに一線を画すものです。
大会の一員として活動する誇り、興奮、そして得られるであろう達成感が我々ボランティアを繫ぎ止めているのです。
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写真:2012年ロンドン大会終了後に開催された祝勝パレードには、ボランティアも参加した
今まで日本の世論は、大会の開催に否定的な意見が大半を占めていました。そういった空気が、大会の開催を望んでいる人達を抑圧し、沈黙させてしまっているのではないでしょうか。
これは一般市民にとどまらず政府、組織委員会あるいはスポンサー企業の責任ある立場の人達にも当てはまります。
IOCも含めて、開催は可能というのであれば、反対意見に真摯に向き合い、勇気をもって議論することが何よりも必要です。
しかしながら批判を恐れ、科学的根拠に基づきこういった説明が十分にされていないことが、ボランティアを含めた市民の不安を掻き立てていると思います。
これに関しては、英国放送協会BBCが
”Tokyo Olympics: Why people are afraid to show support for the Games (東京五輪、国民が支持を表明しにくい日本)”
というタイトルで、日本人の国民性などを理由に説明を試みています。
これまでに「大会を開催するためにすべきこと」といった建設的な内容をメディアがもっと取り上げていれば、状況は少しは違ったのかも知れません。
日本のニュースだけに接していると、ネガティブな論調ばかりが目立ちますが、海外のメディアには「大会開催の為にアメリカができることがある」といったウォールストリードジャーナル紙の記事なども見られます。また、イギリスの経済紙・フィナンシャルタイムズは、東京大会の開催はお金が最大の理由ではないとして、政治・地政学的な観点から解説をしています。
ある意味今回の異常事態が、今の五輪の問題点を浮き彫りにしたと言えます。過度の商業主義、政治的利用、高騰した開催経費、そしてIOCのあり方などが目に見えないウィルスの恐怖と重なって雰囲気を一層暗くしたに違いありません。
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写真:2016年リオ大会で一緒に活動したボランティアメンバー(最左) 西川さん
また、ボランティアの精神的な不安も非常に深刻な問題です。
対コロナ従事医療関係者に対するハラスメントが明らかになったように、大会期間中ユニフォームを着て会場と行き来するボランティアが暴力や暴言、あるいは意図的に避けられるといった行為に遭うのではないかという危険性です。
以前水泳の池江選手に対して、SNS上で参加辞退を促すような書き込みがあったことがニュースになりました。
それに対して彼女は
「この暗い世の中をいち早く変えたい、そんな気持ちは皆さんと同じように強く持っています。ですが、それを選手個人に当てるのはとても苦しいです」
と気持ちを語っています。
自分ではどうしようもない状況でありながら、競技・大会にコミットし努力している選手とボランティアの気持ちは同じなのです。
難病を克服し再び選手として大会に臨む日本のヒーローで、誰からも愛される選手でもこんな状況に追い込まれるのです。ましてツイッターなどでは匿名であることも手伝って、様々な誹謗中傷がボランティアに向けられているのも事実です。
私も以前からボランティアプログラムに関してメディアも含め様々な発信をしているがゆえに、直接私に向けられたあまりにもひどい書き込みをいくつも目にしました。ボランティアの意味を全く理解していないことも大きな理由です。
今ではオンライン記事の読者レビュー・コメントは気分が悪くなるのでなるべく見ないようにしてます。
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写真:2014年ソチ大会 みんなでジャンプ!!
そんな中でもポジティブに前を見て進んでいこうという気持ちは捨てたくありません。
実際最新のFNN調査では依然大会中止を主張する人たちは約30%を占めますが、残りの約70%の市民は東京大会の開催を求めています。ただし、このうち35%の人は「無観客で開催するべき」と回答しています。
それでも世論は大会開催に方向転換しているといっていいでしょう。
東京大会は私が経験したロンドンやリオとは全く違った大会になります。いろいろな意味で後世に歴史的大会として名を残すことでしょう。
そういった中で我々のユニフォーム姿を見た一般市民の反応も、きっと応援へと変わるはずです。
また選手たちは、暗闇に落とされた世界中の人々を勇気づけるに違いありません。
そして世界が再びノーマルを取り戻すメッセージとなる東京オリンピック・パラリンピックの一員であるという誇りと喜びを胸に、自分ができる努力をしながら大会に臨みたいと思っています。
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写真:東京2020大会開閉会式が開催されるオリンピックスタジアム(国立競技場)