メインロゴ
  1. スポボラ.netトップ
  2. 活躍する人たち
  3. 西川 千春さん

2021-02-24

スポーツボランティア再考~イギリスの取組みを例に~ #2

西川 千春さん

Nishikawa Chiharu

[所属] 笹川スポーツ財団特別研究員
東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 ボランティア検討委員
日本スポーツボランティアネットワーク特別講師

フットボールチームからみえるボランティア本来の姿

前回、Jリーグとは異なる、プレミアリーグ所属チームのボランティアについて紹介しました。それでは、それほど有名でないクラブではどうなっているでしょうか?
プレミアリーグの下に位置するチャンピオンシップには24チームが所属しています。毎年リーグの上位と下位は入れ替えがあるので、以前はプレミアにいた強豪チームや、新しく下部リーグから勝ち上がってきたチームもあります。ちなみに私が応援するロンドンのクラブ、QPR=クイーズパークレンジャーズもチャンピオンシップ所属です。11チームについて調べてみたところ、状況はほぼプレミアリーグと同じで、どのチームもチャリティー財団を通じた地域コミュニティーや青少年教育といったボランティア活動が中心です。ただその中でも、バーンズリーとルートンの2チームにはホームマッチ当日のボランティア活動がありました。役割としては、「チームの顔」としてのローカルファンとの交流、訪ねてきた対戦チームファンの歓迎といった意味合いでスタンドでの案内やサポートをするものです。2チームとも下部リーグから昇格してきたいわゆる弱小チームで、ファンは基本的にそこに住む住人ばかりです。世界的なチームであるマンUやチェルシーなどとは次元が違います。したがって、試合当日の活動も地域コミュニティーとの絆を深めるのが目的なっています。またウィコムワンダラーズでは試合当日ではなく、ボランティアデーを設けて新シーズン前のスタンドの清掃やスタンド周辺の整備などをボランティアが行っています。これもファン=地元住民という図式の中で成り立っているものです。

一方で、さらに下部リーグ、セミプロとも言っていい上から6番目のナショナル・ノースに所属するFCユナイテッド・オブ・マンチェスター(マンチェスターユナイテッドではありません)では、プログラム販売、ボールボーイの管理、入り口での案内、売店、放送、クラブメンバー入会受付など試合当日の運営のかなりの部分をボランティアに頼ってます。資金に乏しく、試合も興行というより地域イベントです。地域スポーツクラブに近いといっていいでしょう。

こういった内容を整理していくとボランティア活動が成立する重要な要素が見えてきます。スポーツに限らずボランティアはお金の為に活動をしているわけではありません。無償でもいいから、自分の貴重な時間と能力を提供するには理由があります。一つは公共性、そしてそれに大義があることです。イギリスのフットボールリーグにおいては、何よりも地域コミュニティーへの貢献という大義です。従ってボランティア活動はチームの為ではないのです。ちなみに、アメリカのプロスポーツについても少し調べてみました。すると、プロフットボールリーグNFLのチームで、マッチ当日の食べ物売店でのボランティアが募集されているではありませんか。よくみると、あるチャリティー団体による、食事に困っている貧困家庭への支援のための資金調達活動の一環でした。また、野球のメジャーリーグの下位に位置するトリプルAリーグをみても似たような取り組みがありました。非営利団体に対するファンドレイジング(活動資金や寄付金募集)を支援する目的で、団体から一定人数の「ボランティア」をホーム戦当日に派遣してもらい、フードスタンドなどで働いてもらう。その対価としてネット売り上げの8%をファンドレイジングの支援金として支払うというスキームです。実際にダーラム・ブルズやナッシュビル・サウンズといったいくつかのチームで実施されていますが、チームからチャリティーとして認められた非営利団体が対象、あくまでファンドレイジングの支援という原則です。

オリンピック・パラリンピックボランティアの場合、一言でいえばオリンピック精神やパラリンピックの理念に賛同するかどうかということではないでしょうか。近代オリンピックの父、クーベルタンが唱えたオリンピック精神があるがゆえに単なる商業イベントと区別されるわけです。またほかにもボランティアが活躍するスポーツ大会の場合、主催は競技連盟などが中心で営利企業ではありません。スポーツ競技への思いが多くのボランティアにあるわけです。

もう一つの要素は、自らの自由意思で手を挙げるという自主性 (Voluntary)です。この自主性は公共的な大義に賛同し、自分にとってお金以外の得られるものがあるが故です。日本社会では町内会、PTAあるいは学生たちの部活動などにおいてやらざるを得なく活動することがあります。歴史的に共同体意識が強く、同調圧力が働きがちな日本ではこのような状況でも「ボランティア」と呼びがちです。自分から手を挙げたわけでないですから本来の自主性とは異なる面もあるでしょう。こういった経験やイメージが「無償動員」といった意識につながりがちです。さらに日本では、キリスト教などにおける隣人や困窮者への援助が神への奉仕という観念は存在しないといっていいでしょう。

たとえ無償であっても、ボランティア活動には多くの魅力があります。普段の生活では出会うことのないようなボランティア仲間たちとそこから続く友情、自らを高める貴重な経験、何かに貢献しているという満足感などいろいろあります。これらの自己実現が自ら手を挙げるボランティアの本来の姿ではないでしょうか。

OTHER PEOPLE他の活躍する人たちを見る

一覧に戻る
ページトップへ