メインロゴ
  1. スポボラ.netトップ
  2. 活躍する人たち
  3. 西川 千春さん

2019-12-02

オリンピックボランティア
ーそれは「人生最高の2週間」ー
#3ロンドン大会、いよいよ活動開始 

西川 千春さん

Nishikawa Chiharu

[所属] 笹川スポーツ財団特別研究員
東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 ボランティア検討委員
日本スポーツボランティアネットワーク特別講師

オリンピックロンドン大会から、ソチ、リオと過去3大会にボランティアとして参加した経験をもとに、スポーツボランティアの楽しさを伝えるコラムを連載します。(全6回予定)

国際的メガスポーツイベントに当事者として参加することで得られる感動や舞台裏など、実際に起こったさまざまなストーリーを綴っていきたいと思います。「人生最高の2週間」の興奮をぜひ体験してください。

《過去の記事》
#1「全てはロンドン2012から始まった」
#2「大会を迎えるまでの道のり」
#3「ロンドン大会、いよいよ活動開始」

ボランティア初日

この年のロンドンの夏は、天気が悪く雨ばかり、気温もめったに20度を超えないという日が続きました。ところが大会が近づくにつれ天気が回復し、最終的には大会期間中も好天が続き、天も味方した大会となったのでした。

ロンドンオリンピック開会式翌日の2012年7月28日が私の活動初日でした。遅番だった私はランチを済ませ、ユニフォームに腕を通し、家から5~6キロ離れた配属会場であるエクセルセンターに自転車で向かいました。会場までもう少しのところまで来た時に、前方からやってきた宅急便のバンが徐々に速度を落としました。すると、車内から運転手が「ゲームズメーカー、頑張れよ!」と声をかけてくれたのです。そうやって激励された私は興奮状態で会場の門をくぐりました。

エクセルセンターに一歩足を踏み入れた瞬間、今度は鳥肌がたちました。エクセルセンターはロンドン東部にある展示会場施設で、私が過去に何度も仕事で訪れた場所でした。しかし、歓声、声援、音楽、アナウンスが響き渡る会場は、普段とは違う不思議な空間に入り込んだようで、自然と「いよいよ始まるぞ」という感情が沸き上がってきました。
--------------------
写真:さあ、これから活動開始!

ゲームズメーカー、まさにダイバーシティー

ロンドン大会のボランティアは様々なバックグラウンドの人達が集まっていました。もともとロンドン市は人口の4割近くが外国生まれで、現ロンドン市長のサディク・カーン氏はパキスタン系移民二世、西欧諸国の首都市長としては唯一のイスラム教徒です。ロンドンでは住んでいれば市民であり、外国人という観念は観光客を除けば皆無です。

配属された言語サービスチームは約30か国語から英語への通訳を行うので、必然的に英語が堪能な外国人が集まった多国籍、多文化環境でした。英国に留学している大学・大学院生もいましたが、一方で現役世代や引退したシニアの方もいました。プロ通訳者もボランティアとして参加していましたし、普段からコミュニティーのボランティア通訳として活動をしている人達もたくさんいました。日本人は現地で結婚した永住者の女性が多かったです。

ロンドン大会のボランティアの平均年齢は44歳だったと聞いています。英国では、もともとシニア層を中心に日常的にボランティア活動に参加している人達が多くいます。またオリンピック・パラリンピックという特別なイベントに刺激を受けた若者たちも多く参加していました。その結果ロンドン大会以降、若者の中でもボランティアをすることが「クールだ、カッコイイ」というイメージになってきています。
--------------------
写真:活動前のブリーフィング

非日常体験を共有した仲間たち、そしてさらに続く友情

オリパラでのボランティア活動は大会当日を含め数日で終わるイベントとは異なり、何日間も同じメンバーと活動をします。それだけに「同志の絆」ともいえる感情が生まれます。次第に余計な遠慮がなくなり、自分自身を率直に出すことができました。
また、普段は出会うこともないような人たちと出会い、中には長く続く友情になることもあります。エクセルセンター障害者サポートチームリーダーだったジョンは、私にとってまさにその一人です。ロンドンの下町である東部地区、ウェストハムにある中学校の教師であったジョンとは、講演会で知り合いました。お互いゲームズメーカーだと分かって意気投合。そのままパブ(英国版居酒屋)に直行してしまいました。若者にインスピレーションを与えることに情熱を持ち、私も非常に感化されました。今、私が大学で英語を教えているのも彼に影響を受けたからです。

今の時代FacebookをはじめとするSNSが発達したことで、何年たっても仲間同士の友情は続くものです。実際今回の東京2020大会のボランティアプログラムにもロンドン大会で一緒に活動した何人もの仲間が手を挙げていたことを、SNSを通じて知りました。メディアでも取り上げられたように20万人を超える応募者のうち36%が外国籍で、マッチングされた8万人のうち12%は外国籍です。実際リオ大会でもロンドン大会でゲームズメーカーだった仲間に何人も遭遇しました。東京2020大会でもその同志たちと再会できることを楽しみにしています。
--------------------
写真:言語サービスチームの仲間たち

選手はエリート、ボランティアは一般市民の国代表

大会が始まり、ユニフォーム姿の我々が町中にあふれ出すとロンドンの雰囲気がすっかり変わりました。普段は知らない人に話しかけることなどしないイギリス人たちが、ユニフォーム姿の我々を見かけると近寄ってきて話しかけてくるのです。ある日の活動後、仲間と一緒にパブに行こうとすると、外で飲んでいたスーツ姿の一団から我々に向けて拍手が沸き上がったのには驚きました。おまけに「グッドジョブ、お疲れさん!」といってビールをおごってくれたのです。

ロンドンパラリンピック終了後、オリピック・パラリンピックの英国代表選手団、チームGB(グレート・ブリテン)の祝勝パレードがロンドン市内で行われました。その時に、ボランティアであった我々もユニフォームを着て選手の後ろに続きました。そして沿道の市民から選手と同様の声援を受けたのです。またオリンピック閉会式では大会組織委員会 会長のセバスチャン・コー卿がボランティアへの感謝を述べるとオリンピックスタジアムを埋める8万人の観衆からの何分も鳴りやまないスタンディングオベーション。さらに当時のデービッド・キャメロン首相からボランティア一人一人に感謝状が届きました。
我々の心からの笑顔がロンドン大会の印象となり、まさに大会を作り上げた立役者になったのです。
--------------------
写真:祝勝パレードで参加したボランティアたち

OTHER PEOPLE他の活躍する人たちを見る

一覧に戻る
ページトップへ