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2019-08-08

オリンピックボランティア
ーそれは「人生最高の2週間」ー
#1 すべてはロンドン2012から始まった 

西川 千春さん

Nishikawa Chiharu

[所属] 笹川スポーツ財団特別研究員
東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 ボランティア検討委員
日本スポーツボランティアネットワーク特別講師

オリンピックロンドン大会から、ソチ、リオと過去3大会にボランティアとして参加した経験をもとに、スポーツボランティアの楽しさを伝えるコラムを連載します。(全6回予定)

国際的メガスポーツイベントに当事者として参加することで得られる感動や舞台裏など、実際に起こったさまざまなストーリーを綴っていきたいと思います。「人生最高の2週間」の興奮をぜひ体験してください。

#1「全てはロンドン2012から始まった」

人生を変えた出来事

2013年、9月7日。ブエノスアイレスで開催された国際オリンピック委員会(IOC)臨時総会で東京の名前が読み上げられると、私はあまりの嬉しさに言葉を失いました。2020年の夏季オリンピック・パラリンピックの開催地に東京が決定したのです。

同時に、遡ること8年前のあの日のことをふと思い出しました。ある出来事が人生を大きく変えることがあります。私にとって2012年ロンドン大会開催が決定した、2005年7月6日がまさにその日だったのです。

その結果ロンドン大会に初めてボランティアとして参加し「人生最高の2週間」を体験しました。そしてその後のソチ、リオ大会にも駆けつけることになり、オリパラボランティアに完全にハマったのです。

2012年の夏季オリンピック・パラリンピックの候補地争いでパリにリードされていたロンドンは、最後のラストスパートを敢行していました。当時の英国首相、トニー・ブレアもIOC総会の開催地シンガポールに乗り込んで説得工作を展開。素晴しいプレゼンテーションや、「将来を担う子供たちに夢を与える」というシンプルで分かりやすいメッセージ「Inspire a Generation」を全面に打ち出しました。

そしてモスクワ、ロス五輪1500メートル走の金メダリスト、国会議員も務めた招致委員会、セバスチャン・コー会長のリーダーシップが見事に合わさって2012年のオリンピック開催を勝ち取ったのです。

壇上のジャック・ロゲIOC会長(当時)から「ロンドン!」という言葉が発せられた途端、ソファから飛び上がって訳も分からず叫んでしまいました。そう、全てはこの瞬間から始まったのです。

自然と込み上げてきたボランティアへの想い

私は1990年に機械部品メーカーの駐在員としてロンドンに赴任しました。昨年夏に帰国するまで28年にわたりロンドン市民として暮らしていました。イギリスが気に入ってしまい、日本に戻らず住み着いてしまったのです。そして2005年に経営コンサルタントとして、ロンドンで独立・起業しました。そんな時にロンドン大会の開催が決定したのです。

不況の真っただ中であえいでいた当時の英国は、いたるところに大きな格差と貧困を抱え込み、国民全体に無力感が漂っていました。国民の自信と誇りを取り戻し、次世代に夢を与えるべく英国はスポーツ界がイニシアチブをとって2012年のオリパラ招致に動きました。多くの近代スポーツを産んだ英国は「スポーツの力」を信じたのです。

招致のキャンペーンソングはヘザー・スモールの歌う” Proud” 。” What have you done today to make you feel proud? It’s never too late to try…” 「今日、何か誇りに思えることをやったかい。今からでも遅くないからやってみよう」。

この曲がフィーチャーされた招致プロモーションビデオは、有名アスリートも多く出演し、イギリスらしいユーモアに富んだ素晴らしい出来です。

スーツをバシッと着こなした英国紳士が、ロンドン金融街で傘を剣にしてフェンシングを始めたり、ロンドンを流れるテムズ川沿いをジョギングする後ろには、5大会連続ボート競技で金メダルを獲ったレッドグレイヴ選手が必死にオールを漕いでいたり。

ライバルである英国航空とバージン航空のCA達がキャビンバッグを手に横断歩道に一列に並んで、短距離の100メートル走に見立てたレースのシーンは笑えます。そして市井の市民たちが受けたインスピレーションが重なります。https://youtu.be/LEoxGJ79PMs

子供のころからスポーツが大好きでした。千春という名前は山やスキーが好きだった両親が、1956年コルティーナ・ダンペッツォ冬季大会のアルペンスキー回転で銀メダルを獲得した猪谷千春さんからとったものです。スキー、スケート、水泳、野球、サッカー、長距離走などいろいろやりましたが落ち着いた先は卓球です。高校まで卓球部に所属していたのです。

またオリンピックも大好きでした。印象に残るのはミュンヘンやモントリオール大会です。父親の仕事で6歳までニューヨークヨークに暮していた私には、海外に対する興味と憧れが小さい頃からあったのです。世界中から選手、関係者、観客が集まるオリンピックには特別な思い入れがありました。

その様な訳で、自分が住む町でオリパラが開催されることが決まったからには、どうにかして「史上最大のイベント」に参加したいと思うのは自然な事でした。そんな経験は人生で一度あるかないかでしょう。それには「ボランティアになるしかない!」。瞬間的にその結論に達してしまったのです。

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写真:聖火リレー、ロンドン到着

市民に根付くボランティア活動

合計3回目の五輪開催地として選ばれたロンドンにとってはボランティアが運営に参加し、大会の成功に重要な役割を果たすことを深く認識していました。特に近年のオリパラにおいては、シドニー大会以来ボランティアのプレゼンスが高まり、その活躍に強い関心が集まっていました。そういった中で市民のボランティア文化を誇るイギリスの意気込みはすごいものでした。

私もシドニー大会やアテネ大会で楽しそうに活躍しているボランティアたちを見て、「こんな参加の仕方もあるんだ」と思ったものです。実際のところロンドン大会にボランティアとして参加するまでは、スポーツボランティアの経験はありませんでした。ロンドンの日本人コミュニティーのメンバーとしてやビジネス、イベント、起業家フォーラムの活動はボランティアでやっていましたので、ベースはあったのかもしれません。

ロンドン大会組織委員会のボランティアプログラムの責任者はフィル・シャーウッド氏。彼は元英国陸軍大佐であり、イラクやアフガニスタンに指揮官として派遣された経歴を持っています。大会の2年半前に陸軍を退役し、ロンドン組織委員会にリクルートされました。

トップとしての初めの仕事はボランティアプログラムのあり方を決めることだったそうです。すぐ各論、細かなことに行ってしまう日本式と異なり、基本コンセプトを何日もかけてはっきりさせるのが英国流。コンセプトを練っている時に浮かんできたのが、ボランティアのネーミングです。

東京大会では「フィールドキャスト」「シティーキャスト」と名付けられましたが、ロンドンの大会ボランティアは「ゲームズメーカー」と呼ばれました。直訳すれば「大会を作る人」。自分たちボランティアがロンドン大会を作っていくのだ、という意味合いが込められています。これが単なる国家主導のプロジェクトや商業主義優先のビジネスではなく、皆で成功させたオリンピック・パラリンピックという自信となったのです。

もともと英国にはボランティア精神・文化といったものが深く根付いています。公共性を伴うさまざまなチャリティー団体もあり、幅広い年齢層の人達が積極的に参加しています。

スポーツにおいてもボランティアによって支えられているのが実態。英国では市民スポーツは地域のスポーツクラブがその中核を担います。そして運営やコーチはほぼすべてボランティアが引き受けています。

一般的に日本人より個人主義的傾向が強い英国人にとって、自分が自由に使える時間は我々日本人が思うよりずっと大切なもの。その貴重な自分の時間を自発的に提供し、無償で公共のために活動するボランティアに対するリスペクトは非常に高いのです。

そしてボランティア達も、決して自分をひけらかしたり、恩着せがましいことを言ったりすることなく、粛々と、そして楽しみながら活動をしています。

そのなかで国中が一致団結し、後に「史上最高のオリンピック・パラリンピック」と評されたロンドン大会を大成功させました。組織委員会のみならず、関係機関や企業のバックアップもありました。しかし国民、つまり自分たちが成功させたという自負の源は、7万人に上る一般市民が参加したボランティアの大活躍にあったのは疑う余地がありません。

ロンドン大会以降ロンドン、しいてはイギリス全体が明るくなったといわれます。「やればできるじゃないか」ーこの目に見えない、また数値化できないポジティブなエネルギーが最も大きなレガシーなのです。その原動力がボランティアだったのです。
https://youtu.be/53ckZ8x75PU

次回はロンドン大会を通じてのボランティアの楽しみや「人生最高の2週間」になった理由について書いていこうとも思います。

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写真右:ロンドン大会ボランティアプログラム責任者 
    フィル・シャーウッド氏

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